miércoles, enero 31, 2007

『移動の技法』#4


褐色のマリア。その皺の入った年老いた顔。それは何年経っても年老いたままだった。わたしは日毎に老いていく。わたしの青年期と老年期。メキシコ・シティ。たとえば、ホセ=アントニオ。トーニョ。一枚の写真のなかで彼はアロハシャツを着て右手にナイフ左手にバナナを握りベッドに腰かけている。目は笑ってない。そしてわたしの部屋のまえに座り込んで言う。「疲れきっている」。精神的にも経済的にも破綻をきたしている、どうかもっと安い宿を探しにゆくのにつき合ってはくれまいか。そしてわたしたちはセントロ中その安い宿とやらを探しに潜ったり上ったり半日を費やしたわけだ。(インディオの群につぶされそうなひとりの白人とひとりの東洋人。チューブ。管。)疲労はわたしにも伝染しており、ホテルにはあと半ブロック。帰る寸前、にやりと笑って彼はわたしに言うだろう。「と、いうわけで結局ここにとどまることにした」。わたしの部屋の洗面台には洗いかけの衣類が残っている。そんな一日もある。メキシコ・シティ。(そうしたあいだにも老マリアは、モップで廊下を拭っている)。老化と疲労。活力はけっして伝わらないと言ったのはフィッツジェラルドだった。メキシコ、翼ある蛇。

martes, enero 16, 2007

『移動の技法』#3


国境を越える、このことが現実味を帯びて感じられていたのはいつの頃だっただろう。メディアが報道していたウェットバックが当たり前のようにして眼下の川を渡っていく。わたしはポケットに一杯になったペニーを数えて通行料を払う。落としたペニーは拾ってはいけない。それなら食べてしまおう。(口腔。暗闇に輝く金属。チリン、と音がする。)「あれは?」教会の鐘の音?「ウルグアイ69」。何度この番地を口にしたことか。D・H・ロレンスホテル。すぐうしろには、巨大な古い教会があって、その筒型の屋根がうずくまっている動物の背のように盛りあがり、円屋根はふくらんだ泡のようで、黄色や青や白のタイルをのせて、きつく青い天空にきらめいている。長いスカートをつけたインディアンの女たちが、せんたく物をかけたり、石の上にひろげたりしながら、しずかに屋根の上で動いている。動いている。うごいて、いる。「何時だい?」。マリアがモップで廊下を拭きながらわたしの部屋に来てそう訊ねるときそれはいつも夕方の5時だった。夕方の5時になるとマリアはわたしの部屋のまえで立ちどまり、モップで廊下を拭う手を休め、スッと腰をのばし軽く息をして、「何時だい?」と訊ねる。それは、夕方5時だった。かくしてリオ・グランデ川を渡る。エル・パソ。

lunes, enero 15, 2007

ラファエル・コレア


南米の大統領の就任式がつづきます。今日は、エクアドルのラファエル・コレア。彼自身は、先住民出身ではないけれど、刺繍を施されたポンチョで現れたのは、ベネズエラのチャベスや、ボリビアのエボ・モラレスに倣っている。ニカラグアのダニエル・オルテガと違って、こちらははっきりと、これまでの新自由主義的政策を見直すとはっきり言明している。

sábado, enero 13, 2007

ダニエル・オルテガの就任


ダニエル・オルテガが、ニカラグアの大統領と戻ってきた。80年代を生きたものとして、なんというかため息が出るような感慨がある。すでにペルーでは、こっちも80年代に大統領だったアラン・ガルシアが、復帰しているが、オルテガは、サンディニスタ革命によって獲得した政権。冷戦期の米ソの代理戦争の場と化していた中米で、民衆の蜂起を促したサンディニスタ革命と、その後の政権の民衆の立場に立った、識字運動等の政策に感銘する人は多く、海外からもどんどんボランティアが入ってそれを支えていた。もしかしてクラッシュの4thアルバム『Sandinista!』が、この革命が由来になってることを知ってる若い人たちもわずかなのかも知れない。合衆国が、様々な妨害行為を行ったこともあるが、最終的にオルテガの政権は、自身の汚職か何かで権力を失ったはず。ぼくも何か裏切られた気になったことを覚えています。
ベネズエラのチャベスと、ボリビアのエボ・モラレス大統領と並んだ姿は感動的であり、また違った感慨をもよおしている。同時に、オルテガは合衆国との関係を修復するとも選挙時に公約しており、どういうバランスで行くのかが今後注目するところ。
チャベスは、取り込みのためだろうか?すぐに経済協力にサインして、石油を供給することを約束してマナグアを後にした。

miércoles, enero 10, 2007

ガブリエラ・ミストラル没後50年

今日は、ガブリエラ・ミストラルが亡くなって50年だそうです。
「専門家の多くは、ガブリエラ・ミストラルの作品は今日でも、輝きを失っておらず、詩的言語の基礎的な部分であり、ラテンアメリカ的な思考の鮮明な反映であると考えている」。

martes, enero 09, 2007

ベネズエラ、民間企業の再国有化

ベネズエラのチャベス大統領が、3期目?の就任式で宣誓しました。そのなかで、通信やエネルギーの企業を国有化する方針を示したようです。
どこまで行くのでしょう?日本は逆にこれから、いままで以上に外資が入ってくるようになるわけですが、この国の行く末を考える意味でも、ベネズエラをこれまで以上に注意して見ていきたいと思います。
→El Universalの関連記事

lunes, enero 08, 2007

GR Digital


ボリンケンさんのブログを見てると、すぐ何でもほしくなってしまうので困る。もともとリコーのこのカメラはほしかったもので、いつかは買ってしまうつもりのものだったのだけれど、最近新しいビデオカメラも買ったばかしで、しばらくお預けだな〜って思ってたら、ボリンケンさん、そして彼のブログからリンクされてる素晴らしいGRDの写真の数々。もうたまらなくなって気がついたら、価格.comをクリックしていた。
このデジタルカメラは、ぼくにとって2台目で、最初はソニーのサイバーショット。T1でした。3年前にベトナムへ旅行へ行くのをきっかけに購入しました。デジタルカメラを持つにはかなりおそいデビューでしたが、高級なものと価格を抑えたものとの落差が激しくて、「手頃な」ものがなかなかなく、まぁまだいいか、と銀塩のニコンF3を使いつづけてました。『移動の技法』で使っているのは、昔そのF3で撮ったものです。

(ベトナムは、熱帯の夜をバイクに跨って移動するサイゴンの女の子がめちゃくちゃセクシーだった)
T1ではじめてデジタルカメラを手にしたわけですが、それはカメラというより、「記録」の道具という感触でした。まずフィルム代がかからないというのが大きかったのですが、何でもかんでもとりあえず撮っておく。こうやってぼくたちは、自分たちの日常を取材しながらこれから生きていくんだろうか?と思った。しかしそんなデジタルカメラ熱も半年くらいで冷めてしまった。何を撮っても同じ様にしか撮れないのが分かってきて、完全に飽きてしまった。それでここしばらくは写真自体を撮るということも忘れてしまっていました。
そして、GRD。昨日一日家で使い方をレッスンして、今日初めて外へ持って出ました。近所を歩きながら、ふと立ち止まって露出を決めて撮ってみる。もう一枚。何だか、久しぶりだな〜、この感覚。デジタルカメラとともに失っていた時間の感覚がGRDとともに帰ってきたと言っていいのか。でも何だかそんな感覚。いったいぼくらはどこへそんなに急いでいたのだろう?

sábado, enero 06, 2007

Entrevista JORGE FRANCO


ホルヘ・フランコのインタビューが、BBCムンドに載っているので、メモ代わりにここからリンク張っておこう。ホルヘ・フランコは、ちょうどネットで色々買い物を始めた頃、海外からCDを取り寄せてるうちにそのうち本も買うようになって、たまたまコロンビアの新聞かなんだかに、若手で面白い作家の何人かの一人としてあげられていたのが興味をひいて、"Paraiso Travel"を取り寄せて読で見ました。これが面白く、ラティーナに紹介の記事を書いて、それをPDFのファイルにして、ホームページを通じて本人に送ったら、返事が返ってきてびっくりしました。ちょうどそのとき、田村さと子さんが、"Rosario Tijeras"を翻訳していたので、彼も日本という興味深い符号に反応したのかも知れません。
"Paraiso Travel"は、恋人にほとんど、無理やり連れられたように行ったニューヨークで、着くなり彼女と離ればなれになってしまった男の子の話し。彼の成長談です。読んだときは、自分がかつてバックパッカーとしてニューヨークに着いた頃を思い出したりしてとても面白かったのですが、この物語は、911以前のニューヨークで、移民の男女のロマンスにもならないロマンスが、今ではほとんどリアリティをなくすくらい牧歌的な感じがしてしまいます。

miércoles, enero 03, 2007

Edwin Valero

テレビ東京系でやっていた国際団体戦ボクシング・グランプリ、メキシコ×日本がなかなか面白かった。メキシコの選手の地元まで行って取材していて、インタビューを受ける選手の背景に映る落書きのされたボロボロの壁が何とも郷愁を誘いました。
その中でも、強烈な印象だったのが、日本人でもなく、メキシコ人でもなく、日本側の助っ人で入った、ベネズエラの選手、エドウィン・バレロ。今は、帝拳に籍を置いているらしいんですが、18連続1ラウンドノックアウトの記録を持っていて、この日も、メキシコの若手、ミッチェル・ロサーダをあっという間にリングに沈めていました。久々ボクシング見てエキサイティングしました。
今朝のBBCのスペイン語ニュースでも報じられてます。
「ベネズエラで防衛戦をやりたかったのだけれど、テレビで放映してくれるところがなかったんだ」と語っています。

『移動の技法』#2

 
 友人がひとりいた。旅に出るまえに一本のカセットテープを作ってくれ、そのなかに、ビーチボーイズの 『Party』が入っていた。ビートルズのヒット曲を彼らがパーティ仕立てで吹き込んだものだ。当時のわたしの宿はグレイハウンドの座席で、一日街をぶらついて、夜になるとバスに乗り込んで犬みたいに、眠る。眠るまえのわずかな時間、ウォークマンでそれを聴きながら、頭のなかでひとりパーティをやる。(点滅するライト。10トントラックが追い抜いていく。)一日誰とも話さなかった夜。どこからともなく立ちのぼってくる消毒液の匂い。(それはアメリカの匂いだ)“You got to hide your love away ”が流れて来たとき、更けた夜の空に月が浮かんでいて、グレイハウンドは波のうえをアップダウンする。ゆっくり、、そう、ゆっくり。サクラメント=「移動の技法」。