L.A.C.R
"Latin America Cultures Review"
martes, marzo 20, 2007
sábado, marzo 10, 2007
viernes, marzo 09, 2007
sábado, marzo 03, 2007
パラグアイのデング熱
パラグアイでデング熱が流行し、国家非常事態宣言が出ている。日本ではほとんど報道されていないので、やはり載せておかないとだめだろう。外務省の安全情報は2月7日に出ている。
非常事態宣言は今週水曜に出され、死者11人、現在15000人の患者がいると言われているが、実際にはその10倍くらいの感染者がいると推定されている。事態がパニックに近い状態になっているのは、担当部局の高官が、死亡したり、大統領の息子の一人や、サッカーのクラブチーム、リベルタの監督が感染したり、いわゆる有名人に感染が広がっていることが原因していると思われる。
感染は、昨年初めには確認されていたのに、厚生大臣は対策を取らなかったと、辞任を求める動きも始まっている。
Etiquetas: situación
viernes, marzo 02, 2007
Buenaventura y Caney
こうした映像を見ることができるのが、YouTubeの楽しみのひとつなんだろう。グルーポ・ニーチェの『ブエナベントゥーラ イ カネイ』。オリジナルを歌ってるアルバロ・デル・カスティージョがボーカルで、すでにティト・ゴメスも加入している頃だから、85,86年くらいの演奏シーンなんだろうか。80年代の終わりにはぜんぶクビにしちゃったオリジナル・メンバーもほとんどまだ残っています。ブラックとラテンの絶妙なブレンド。めちゃくちゃカッコイイと思い。やはりぼくは深くこの音楽を愛していたんだと、あらためて思う。
domingo, febrero 25, 2007
『移動の技法』のための覚書
「ニューエイジ・トラベラーは1970年台末にイギリスに登場し、非常に多様な階級を出自とする新しいコミュニティによって構成されている。彼らは職業や体面、家族についての支配的な価値観を拒否するという点で共通性を持ち、持続可能で、より有機的な生活様式に基づくオルタナティブなライフスタイルを求めている。彼らは脱物質的な価値観の表現とみなされ、純粋に「文化的な」社会運動を代表している。ニューエイジ・トラベラーは、支配的な社会を変革しようと望むよりも、自由の支配するロマンティックなオルタナティブを求めてそこから避難する。しかし、境界的な瞬間や旅の途上の瞬間にしか自由を見いだすことができないのであるから、そこでの要点は到着の一時的な留保につきる。」ジェラード・デランティ『コミュニティ』p201-202
『移動の技法』は、その「瞬間」がどんどん切り詰められて、最後にはなくなってしまう課程である。
miércoles, enero 31, 2007
『移動の技法』#4
褐色のマリア。その皺の入った年老いた顔。それは何年経っても年老いたままだった。わたしは日毎に老いていく。わたしの青年期と老年期。メキシコ・シティ。たとえば、ホセ=アントニオ。トーニョ。一枚の写真のなかで彼はアロハシャツを着て右手にナイフ左手にバナナを握りベッドに腰かけている。目は笑ってない。そしてわたしの部屋のまえに座り込んで言う。「疲れきっている」。精神的にも経済的にも破綻をきたしている、どうかもっと安い宿を探しにゆくのにつき合ってはくれまいか。そしてわたしたちはセントロ中その安い宿とやらを探しに潜ったり上ったり半日を費やしたわけだ。(インディオの群につぶされそうなひとりの白人とひとりの東洋人。チューブ。管。)疲労はわたしにも伝染しており、ホテルにはあと半ブロック。帰る寸前、にやりと笑って彼はわたしに言うだろう。「と、いうわけで結局ここにとどまることにした」。わたしの部屋の洗面台には洗いかけの衣類が残っている。そんな一日もある。メキシコ・シティ。(そうしたあいだにも老マリアは、モップで廊下を拭っている)。老化と疲労。活力はけっして伝わらないと言ったのはフィッツジェラルドだった。メキシコ、翼ある蛇。